高齢者において膝関節の不調が増加する理由には、加齢に伴う生理学的変化、運動機能の低下、生活習慣、遺伝的要因などが複雑に関与しています。
本稿では、膝が悪くなる主要な要因とその背後にあるメカニズムを、最新の研究やエビデンスに基づいて詳しく解説します。
1. 膝関節の基本構造と機能
膝関節は人体の中で最大かつ最も複雑な関節の一つであり、大腿骨、脛骨、膝蓋骨の三つの骨で構成されています。これらの骨は軟骨、靭帯、半月板、滑膜などにより安定性と可動性が保たれています。
特に軟骨は、骨同士の摩擦を軽減し、スムーズな動きを可能にする重要な組織です。しかし、この軟骨は血流が乏しく再生能力が低いため、加齢による変性の影響を大きく受けます。
2. 加齢による膝関節の変化と疾患
2-1. 軟骨の摩耗と変形性膝関節症(変形性膝関節炎:OA)
最も一般的な高齢者の膝の問題は**変形性膝関節症(Osteoarthritis: OA)**です。OAは軟骨の摩耗と骨の変形により引き起こされ、痛みや可動域の制限を伴います。
エビデンス:
- 2020年の米国リウマチ学会のガイドラインによれば、60歳以上の人の約37%が膝OAの画像的所見を持つとされており、臨床症状を伴う例も多い(1)。
- 日本整形外科学会の調査(2017年)によると、60歳以上の日本人女性の約60%が何らかの膝OAを有していると報告されています(2)。
2-2. 半月板の変性と損傷
半月板も加齢とともに水分含有量が減少し、弾性が低下することで裂けやすくなります。半月板の損傷は膝の痛みや不安定性、さらなるOAの進行につながります。
エビデンス:
- Englundら(2008年)のMRI研究では、50歳以上の無症候性成人の35%が半月板損傷を有しており、その多くは加齢変化に関連しているとされます(3)。
2-3. 筋力低下と膝への負担増加
加齢により筋肉量が減少するサルコペニアは、膝関節を支える大腿四頭筋の筋力を低下させます。これにより関節への負担が増大し、痛みや障害が悪化します。
エビデンス:
- フラミンガム研究(Framingham Study)によると、大腿四頭筋の筋力が低い高齢者は、強い筋力を持つ高齢者に比べてOAの発症リスクが2倍以上であると報告されています(4)。
3. 関節内の炎症と免疫変化
加齢とともに免疫系も変化し、「炎症性老化(Inflammaging)」と呼ばれる慢性的な軽度の炎症が起こりやすくなります。OAも単なる機械的な摩耗だけではなく、免疫細胞による慢性炎症が関与しているとされています。
エビデンス:
- Scanzelloら(2009年)は、OA患者の滑膜液中において炎症性サイトカイン(IL-1β、TNF-α)の上昇を確認し、OAが炎症性疾患であることを支持しています(5)。
4. 骨密度と骨粗鬆症
加齢により骨密度が低下し、骨が脆くなります。これにより骨折や微小損傷が起きやすくなり、膝の構造的安定性が損なわれます。特に膝関節の内側に圧力が集中しやすくなるため、変形を助長します。
エビデンス:
- 日本骨粗鬆症学会によると、膝関節周囲の骨密度低下は女性に多く、変形性膝関節症と骨粗鬆症は併発しやすいことが報告されています(6)。
5. 生活習慣と体重増加の影響
体重増加は膝関節への荷重を直接的に増やし、慢性的な過負荷となって膝の痛みやOAを悪化させます。
エビデンス:
- Framingham OA Studyでは、体重が10kg増加すると、膝OAのリスクが1.4倍に増加することが示されています(7)。
- WHOも肥満はOAの主要な危険因子であると明言しています(8)。
6. 遺伝的要因と性差
変形性膝関節症の発症には遺伝的要因も関与していることが知られています。また、閉経後の女性ではエストロゲンの低下により、関節構造の劣化が加速すると言われています。
エビデンス:
- Twin UK study(2000年)によると、OAの発症リスクの40~60%が遺伝的要因に起因すると推定されています(9)。
- 閉経後女性においてエストロゲン補充療法がOA進行を抑制する可能性を示唆する研究も存在します(10)。
結論:予防と対策の重要性
加齢により膝が悪くなるのは、軟骨や筋肉の劣化、炎症、荷重の増加など、多因子的な変化によるものです。しかし、適切な運動、体重管理、栄養摂取、関節への過剰な負担を避ける生活スタイルの確立により、これらのリスクは軽減できます。
予防的対策の例:
- 筋トレ:大腿四頭筋を中心とした筋力トレーニング
- 有酸素運動:ウォーキングや水中運動など、膝に負担の少ない運動
- 体重管理:肥満の予防・解消
- 定期的な医療チェック:早期診断・介入
参考文献(エビデンス)
- American College of Rheumatology. (2020). Guideline for the Management of Osteoarthritis of the Knee.
- 日本整形外科学会. (2017). 変形性膝関節症調査報告.
- Englund M et al. (2008). Meniscal tear in knees without surgery or trauma. NEJM.
- Slemenda CW et al. (1997). Quadriceps weakness and osteoarthritis of the knee. Ann Intern Med.
- Scanzello CR et al. (2009). Inflammatory mediators in OA. Osteoarthritis Cartilage.
- 日本骨粗鬆症学会. (2020). 骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン.
- Felson DT et al. (1998). Weight loss reduces the risk for symptomatic knee OA. Ann Intern Med.
- WHO. (2020). Obesity and osteoarthritis.
- Spector TD et al. (2000). Genetic influences on osteoarthritis in women. Arthritis Rheum.
- Hussain SM et al. (2018). Menopausal hormone therapy and OA. Climacteric.
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