肺癌(肺がん)は、世界的に見てもがんによる死亡原因の上位を占めており、日本においても深刻な健康問題です。2022年の厚生労働省の統計によれば、肺癌はがん死亡の第1位であり、その発症率・死亡率は依然として高い水準にあります。本稿では、肺癌になりやすい人々の生活習慣に焦点を当て、科学的根拠(エビデンス)に基づいてそのリスク要因を明らかにします。
1. 喫煙:最も強い発症リスク因子
エビデンス:
世界保健機関(WHO)および国際がん研究機関(IARC)は、喫煙を肺癌の「最も重要なリスク因子」と位置づけています。日本においても、国立がん研究センターの多目的コホート研究(JPHC Study)により、喫煙者は非喫煙者と比べて肺癌発症リスクが約4~5倍に上ることが示されています。
喫煙は、タバコの煙に含まれる70種類以上の発がん物質が原因です。代表的なものにはベンゾ[a]ピレン、ニトロソアミン、ホルムアルデヒドなどがあります。これらの化学物質が肺の細胞に損傷を与え、遺伝子変異を引き起こし、がん化を促進します。
受動喫煙の影響:
喫煙者自身だけでなく、周囲の人々にもリスクが及びます。受動喫煙によって肺癌の発症リスクが20~30%高まるとされ、非喫煙者の肺癌症例の約25%が受動喫煙に関連していると報告されています。
2. 食生活:野菜不足と加工肉の摂取
野菜と果物の摂取不足:
JPHC研究を含む複数の前向き研究では、野菜や果物の摂取量が多い人ほど肺癌のリスクが低い傾向にあることが報告されています。抗酸化作用のあるビタミンC、E、カロテノイド類(β-カロテン、ルテインなど)が、喫煙などによる酸化ストレスから細胞を守る働きがあると考えられています。
一方、野菜や果物をほとんど摂取しない生活習慣は、喫煙と組み合わさることでさらにリスクを高める可能性があります。
加工肉と赤肉:
IARCは2015年、加工肉(ハム、ソーセージ、ベーコンなど)を「ヒトに対して発がん性がある(グループ1)」と分類し、赤肉も「おそらく発がん性がある(グループ2A)」と評価しました。これらは主に大腸がんのリスクとして取り上げられますが、一部研究では肺癌との関連も示唆されています。例えば、アジアの前向き研究において、加工肉の高摂取者は肺癌リスクがわずかに高い傾向にあったという報告があります。
3. アルコール摂取:過剰摂取によるリスク増加
アルコールと肺癌との関係については議論が分かれていますが、いくつかのメタアナリシスでは「大量飲酒」が肺癌リスクをわずかに高める可能性があることが報告されています。
特に、喫煙者においてアルコールの多量摂取は相乗的に肺癌のリスクを高めることが示唆されています(交絡因子として喫煙が強く影響するため、因果関係の特定は困難ですが、予防的には注意が必要です)。
4. 運動不足と肥満:代謝の低下と慢性炎症の関与
身体活動量の少ない人、つまり「座りがちな生活」を送っている人は、肺癌を含む各種がんのリスクが高いとされています。定期的な運動は免疫機能の改善、抗炎症作用、代謝向上といった複合的な健康効果があり、がんの予防に寄与します。
アメリカがん協会(ACS)のガイドラインによると、週150分以上の中強度運動または75分以上の高強度運動が推奨されています。
一方で、肥満自体が肺癌との直接的な関係は明確ではないものの、特に女性において閉経後の肥満が肺癌リスクに関連する可能性が指摘されています。また、糖尿病や慢性炎症が肺組織に影響を与えることが研究されています。
5. 大気汚染:生活環境の外因的リスク
PM2.5の影響:
近年注目されているのが、微小粒子状物質(PM2.5)などの大気汚染です。IARCは2013年、屋外大気汚染およびPM2.5を「ヒトに対して発がん性がある(グループ1)」と認定しました。これらは肺に直接到達し、慢性炎症や細胞変異を引き起こすことがあります。
日本国内でも、都市部を中心にPM2.5の濃度が高い地域が存在しており、慢性的な曝露は肺癌リスクの上昇要因となります。
6. 職業曝露:アスベストやラドン
工場労働者や建築業従事者などが曝露する化学物質も肺癌リスクに大きく関係しています。特にアスベストは強力な発がん物質であり、曝露後20年以上経ってから発症することもあります。肺癌の中でも中皮腫との関連がよく知られています。
また、日本ではあまり知られていませんが、自然放射性物質であるラドンも肺癌リスクを高めることが欧米の疫学研究で確認されています。
まとめ:予防のためにできること
肺癌になってしまう人々の生活習慣には、明確な傾向とエビデンスがあります。以下に、予防のために重要なポイントを整理します。
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禁煙を実践し、受動喫煙も避ける
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野菜・果物を毎日十分に摂取する
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加工肉や赤肉の摂取を控える
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アルコールの摂取量を適度に制限する
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運動習慣を身につけ、座りっぱなしを避ける
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大気汚染情報に注意し、必要に応じてマスクや空気清浄機を活用する
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高リスク職場では適切な防護対策を講じる
肺癌は早期発見が難しく、発見時には進行していることが多いため、予防が極めて重要です。生活習慣の改善は、肺癌のリスクを減らす最も現実的かつ効果的な方法です。個人の健康だけでなく、家族や周囲の人々の健康を守るためにも、正しい知識と行動が求められています。
参考文献(主な出典):
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国立がん研究センター「がん情報サービス」
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World Health Organization (WHO)
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International Agency for Research on Cancer (IARC)
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JPHC Study(多目的コホート研究)
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American Cancer Society(ACS)
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