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[昭和編]薬害の歴史をまとめてみました。厚生省の製薬課課長が隠ぺい

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日本で起った昭和の薬害をまとめてみました。

本当は1回の記事で昭和と平成分を書こうと思ったのですが、昭和だけでも10の薬害があり、平成まで入れると長くなりすぎてしまうため2つの記事に分けることにしました(参考記事「[平成編]薬害の歴史。約800人の死者を出した薬害が登場」)。

今のリアルタイムな薬害は子宮頸癌ワクチンですが、厚生労働省が薬害の歴史を学んでいればもっと被害が少なくて済んだはずです(勧奨を中止したことはいい決断でしたが)。

子宮頸癌ワクチンの審議委員からアジュバンド(ワクチンの補助剤)に対しての異議が出ていたのに関わらず、スピード承認してしまったこの時から薬害は既に決定していたと私は思っています。

厚生労働省のホームページに「薬害を学ぼう」というページがあるのですが、本来学ぶべきは厚生労働省です(笑)

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また、「薬害を学ぼう」には以下のように薬害(クロロキン)の責任を全て製薬会社に押し付けるような文言も書かれていますが、監督する立場にいる機関として本当に大丈夫なのかと心配になってしまいます。
当時の厚生省の担当者(製薬課課長)はクロロキンの副作用を事前に知る立場にいたために、自分だけクロロキンの服用するのを止めています。
そして、当分の間、国民には知らせないという恐ろしい決断をしています(笑)

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①1948年から1949年 ジフテリア予防ワクチン
ジフテリア予防ワクチンが京都市に住んでいた約1万5000人の乳児に接種されましたが、その中の約1000人に副作用が現れました。
その結果、83人の乳児が亡くなっています。
原因はジフテリアの毒素がワクチンに混入していたことです。
この件で国に対しての裁判は行われていませんが、亡くなった方に10万円の賠償金が支払られています。

②1953年から1970年 キノホルム製剤
キノホルム製剤は整腸剤として使用されていたのですが、約1万人の被害者に麻痺、しびれ、視力の低下などの神経障害が発生しています(これらの症状を称して「スモン」と言います)。
被害者の中には麻痺が酷くなって歩けなくなったり、失明した人もいます。
キノホルム製剤の商品名は「エンテロ・ヴィオフォルム」で販売元は武田薬品です(他に2社の製薬会社もキノホルム製剤を販売)。
被害者たちは1971年に国と製薬会社に損害賠償の訴えを起こして、1979年に和解しています。
賠償額は420万円から4700万円。

③1953年 ペニシリン
ペニシリンは感染症の予防のために使われましたが、1957年までにペニシリンの使用で副作用が生じた人は約1300人、その内、
亡くなった人は124人。
1955年に厚生省はペニシリンによる被害を把握していたのに、何も対策を行なわなかったため被害が拡大。

④1958年から1962年 サリドマイド
サリドマイドは睡眠薬ですが、ドイツの会社が販売していました
この薬は睡眠薬として、そして妊婦のつわりを抑えるために使われましたが、胎児に難聴や手足の異常などの奇形が現れたことで販売が中止になっています。
日本では「イソミン」という名前で大日本製薬(社名変更で今は大日本住友製薬)が販売していました。
被害者は約1000人いますが、国や製薬会社に対して1963年に損害賠償請求の訴えを起こして、1974年に和解しています。
賠償金額は3000万円から4000万円、さらには年金という形でお金が支払わられています。

⑤1959年から1975年 クロロキン
クロロキンは元々はマラリアのための薬でしたが、後に腎疾患、リウマチなどの病気に対しても使われています(小野薬品が「キドラ」の名前で販売)。
その結果、網膜症による視力障害が発生しています。
この薬による被害者は約1000人。
厚生省の当時の製薬課課長はクロロキンを飲んでいましたが、網膜症の副作用があることを知り、自分だけが服用を止めています。
被害者は1975年、国と小野薬品の他数社に対して損害賠償の訴えを起こしていますが、1988年に和解しています。
国と製薬会社は278人の原告に対して70億円を支払っています。

アメリカでは1948年の時点でクロロキンを長期に服用した時の害が報告されていましたが、当時の厚生省はなにもしていませんでした。

⑥1965年 アンプル入り風邪薬
1950年代の風邪薬は成分をアンプルと呼ばれているビンに入れて販売していました(当時、このタイプの風邪薬を製造していた会社は200社くらいありました)。
そのアンプル入り風邪薬に熱を下げるためのピリン系製剤が入っていたため、ショックを起こす人が多くいて、その結果1965年までに38人の方が亡くなっています。
そして、厚労省は1965年に企業に対して販売中止を要請しています。

⑦1970年 コラルジル
心臓病(狭心症)の治療薬であるコラルジルを飲んだことにより、肝臓の機能が悪くなり、数万人の被害者が発生し、その内、少なくても200人以上の方がが亡くなっています(被害者の正確な数は統計がないため判明していません)。
販売会社は鳥井薬品ですが、ラットの実験で事前に肝臓の機能障害が分かっていたにも関わらず、データを隠ぺい。

⑧1973年 解熱鎮痛剤
解熱鎮痛剤注射の薬剤などにより筋肉が収縮したり壊死し、、足の関節に障害が生じる副作用(四頭筋短縮症)が発生。
重症の人は約1500人、軽症の人は1100名 。
被害者は1975年に国や製薬会社を訴えていますが、1983年の判決では製薬会社と医師の責任を認めるが国は無罪、1996年には製薬会社と医師に損害賠償を命令し、国とは和解しています。

⑨1983年 非加熱血液製剤
主に1982年から1985年頃に使われた血液製剤にHIVが混入していたことにより、1800人がHIVに感染しています(既に600人が亡くなっている)。

血が止まりにくい病気である血友病患者のために非加熱血液製剤は使われていました(非加熱血液製剤は過熱して殺菌していない状態で製造されていた)。
1982年には米国疾病予防管理センターが非加熱血液製剤によるエイズ発症を報告し、1983年にはエイズの混入していない加熱製剤がアメリカで出回っていたのに、厚生省は速やかな行動を起こさなかったために被害が拡大した経緯があります。
ちなみに加熱製剤が日本で承認されたのは1985年ですが、既に1800人が感染した後では完全に機を逸しています。

1989年には被害者が厚生省と製薬会社に損害賠償の訴えを起こしています。
そして、1995年には和解が成立し、原告に対して1人4500万円とエイズを発症した人に月に15万円を支給することが決まりました。

その後、当時の厚生省生物製剤課長、帝京大学の医師、製薬会社の代表取締役が逮捕されています。

⑩1987年 血液製剤
血液製剤「第Ⅸ凝固因子製剤」や「フィブリノゲン製剤」により約1万人がC型肝炎に感染しています。
この血液製剤は田辺三菱製薬が製造していた「クリスマシン」やミドリ十字の「フィブリノゲン-ミドリ」、日本製薬株式会社の「PPSB-ニチヤク」です。
これらの薬は手術や出産の時の出血を止めるために使われていました。
1977年にアメリカではフィブリノゲン製剤の効果が疑わしいことやC型肝炎に感染するリスクが少ない他の薬があることを理由にこの薬の認可を取り消しています。
日本ではそれにも関わらず1987年までこれまで通り使用されていました。
これが肝炎感染拡大の最大の原因だったとされています。
2008年にはC型肝炎特別措置法が制定され、以下の保証が受けられることになりました。

(1)慢性C型肝炎の進行による肝硬変・肝がん・死亡 4,000万円
(2)慢性C型肝炎 2,000万円
(3)無症候性キャリア(※) 1,200万円

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