はじめに:なぜ「ことば」が出ないだけでこんなにつらいのか
私たちは毎日、何気なく言葉を使いながら生活しています。朝、家族へ「おはよう」と声をかけ、職場で「おつかれさま」と挨拶し、友人と笑いながら会話をする。この当たり前の行為が、ある人にとっては“戦い”であることをご存知でしょうか。
吃音(きつおん)――言葉が滑らかに出てこない状態を指し、多くは幼少期から症状が現れます。「言葉に詰まる」「音を繰り返す」「引き伸ばす」。そんな症状によって、人との会話が怖くなり、学校や職場にすら居場所がなくなってしまう人も少なくありません。
本記事では、吃音を抱える人たちのリアルな苦しみ、その背景、周囲は何ができるのか、そして本人が前向きに生きていくためのヒントを、科学的知見や体験談を交えながらわかりやすく解説していきます。
吃音とは?医学的定義と症状の種類
吃音は英語でStuttering(スタッタリング)と呼ばれ、話し言葉のリズムや流暢性が障害される「発話障害」の一つです。主に以下のような症状が見られます。
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連発(れんぱつ):音や語を繰り返してしまう(例:「ぼ、ぼ、ぼくは…」)
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伸発(しんぱつ):音を引き伸ばす(例:「おーーー母さん」)
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難発(なんぱつ):最初の音が詰まって出ない
これらは緊張や焦りで悪化しやすく、電話応対や人前での発表、初対面の会話など“話さないといけない状況”が最大のストレスになります。
吃音は3~5歳の幼児の約5〜8%が経験するとされていますが、その大半は自然消失します。とはいえ約1%が持続し、成人まで残るケースも。決して珍しくはない障害なのです。
原因はどこにあるの?脳?心?性格?
かつて吃音は「親のしつけ」「心理的な問題」「性格の弱さ」などが原因だと誤解されてきました。しかし現代の研究により、以下のように多因子が複雑に関わる発達障害の一種であることがわかってきました。
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神経学的要因:言語を司る脳のネットワークで情報処理のタイミングがズレているという説
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遺伝的要因:吃音者の約6割に家族歴があり、遺伝子との関連が疑われている
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環境要因:家庭・学校・社会のプレッシャーが症状を悪化させる
つまり、吃音は本人の“努力不足”ではなく、脳や神経の発達特性によって引き起こされる症状なのです。この理解が広がれば、当事者に対する偏見はぐっと減らせるはずです。
吃音を抱えた人の日常:「言葉が出ないこと」を恐れる日々
吃音当事者が語る「一番つらいこと」は、発話そのものよりも**“話せなかったときに周囲からどうみられるか”への恐怖**です。
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「名前を聞かれたときに詰まってしまい、笑われた」
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「電話で声が出ず、相手から『聞こえませんよ?』と言われた」
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「自己紹介の時間が怖くて学校を休んだ」
こうした体験を繰り返すうちに、「話すこと=恥ずかしいこと」「話さない方がラク」という学習が進み、場面回避、引きこもり、うつ症状へと繋がることもあります。
学校・仕事・恋愛…人生への影響
吃音は日常全てに影響を及ぼします。学校では「音読」や「発表」が恐怖、職場では「報連相」や「電話」がハードルに。恋愛や友人関係も“話しかける勇気がない”ことでチャンスを逃してしまいがちです。
ある調査では吃音成人の約6割が就職活動で困難を経験し、約3割が職業選択に制限を感じていると回答しました。吃音は“命に関わる病気”ではなくとも、社会的、心理的な生活の質(QOL)を大きく損ねる障害なのです。
治療や支援はあるの?
吃音は「完全に治る」わけではありませんが、症状を軽減し、上手に付き合っていくことは可能です。主な支援には以下のようなものがあります。
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言語聴覚士による発話リズム練習
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吃音者向けセルフヘルプグループ
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心理療法(認知行動療法)による不安軽減
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ICT支援(発話補助アプリ等)
大切なのは「一人じゃない」という感覚。多くの当事者が、“話せなかった経験”ではなく、“理解してくれる人に出会えた経験”によって救われています。
周囲は何ができる?吃音と共に生きる社会へ
吃音者にとって、周囲の態度は何よりの支援になります。以下のポイントを意識するだけで、当事者は安心して会話できます。
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詰まっても、急かさず、遮らず、最後まで聞く
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言葉を先回りして代弁しない(本人の言葉を尊重)
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焦らせるような「早く!」という態度を見せない
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普通に対応し、吃音を“特別視しすぎない”
言いよどんでも笑わない。相手が話しやすい空気をつくる――そんな小さな配慮だけで、吃音者の不安はぐっと和らぎます。

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