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大腸がんの抗がん剤の副作用が襲う。2年経っても痺れが取れず

 

この記事は「大腸がんの手術は成功したが、抗がん剤の副作用が待っていた」の続きです。

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ー副作用と戦いながら新たな悲劇が…ー

大腸がんのために受けた抗がん剤の副作用は倦怠感、吐き気、脱毛、手足の痺れと説明されていた。

まず点滴をして最初にきたのは手足の痺れ。常に何かに包まれているような感じがして、ずっと痺れている。冷たいものを触ると、まるでドライアイスを触ったかのような冷たさを感じ、痺れが増してくる。ですので、料理はもちろん食器を洗う時も綿とゴム手袋を二重にしていました。

一番酷かったのはお弁当で必ず入れていたたこさんウインナー。痺れている指先で持って切り込みを入れるのでかなり辛かった。

私自身食事制限があったので、家族の分とは別に自分用も作っていた。
食べたい、食べたい。
そう思ってつまみ食いをすると腹痛に襲われた。

あとは食べ始めに耳の下、顎の付け根の辺りがギューっと痛くなったり、冷たい食べ物は喉がビリビリして飲み込めなかった。

そして毎日の洗濯物を干すのも衣類が濡れているだけに冷たく、大変な思いをした。

1クール目は最初の3日間ぐらいが酷かったがあとは通常どおり普通に過ごせた。

そんな矢先とても悲しいことが起こった…。

ーまさか愛猫までもが…ー

我が家では家族全員が猫好きで当時9匹飼っていた。避妊手術を予定していた猫が手術を予定していた矢先妊娠し、4匹産まれ、猫屋敷になってしまった。

家で産まれた4匹を家族全員で大切に大切に育てていた。そんなある日の朝、4匹のうちの1匹の様子がおかしかった。すぐ横になったり水を何度も飲んだり…。何だかぐったりしてた。

急いで病院に連れていくと『悪性リンパ腫』と診断された。
どうしてこの子まで…。
まだ10か月なのに…。
獣医師の話ではこんなに若くしてリンパ腫になるのは極めて稀だと言われた。

私も稀な癌だった。
こんな所まで飼い主に似る必要なんてないのに…。

虫の息だったがどうにか持ち直し、暫く入院していたが家に戻ることもできた。獣医師からはこのまま最後を待つか、完治はしないただ延命の為の抗がん剤治療をするか。この2つの選択肢だった。

一緒に頑張ろう。
抗がん剤治療の選択をした。
抗がん剤は人間も動物も一緒で辛いもの。
一緒に乗り越えようとした…。

それから4ヶ月後。
最初は平気だった抗がん剤も回を重ねる毎に体に蓄積され、体調が優れないまま次のクールへという感じになっていた。
そんな矢先、一緒に頑張っていた愛猫が天国に旅立ってしまった。まだ1歳2ヶ月。

私が病気になったせいで、私の代わりに天国に逝ってしまった。私が病気にならなければ、私が死んでいたらこの子は死なずにすんだ。動物は人間の代わりになるという。そう思わずにはいられなかった。この子に助けてもらったこの命を大事にしようと思った。

ー化学療法終了…その後ー

抗がん剤投与8クールが何とか終わった。残りの2クールは白血球の数値がギリギリだったが、何とか無事に乗り越えた。

その後は定期的に血液検査、CT、大腸内視鏡検査を受けている。癌は術後5年間は定期検査が必要だ。

そして現在…。
大腸がんの手術から2年半、化学療法終了から2年が過ぎた。担当医からは手足の痺れがなくなるのは半年から1年かかると言われていたが、まだ痺れたままだ。

寒いから痺れるのではなく私の場合は、気温の変化があると痺れてくる。夏だから大丈夫かと思えば違かった。でも慣れというものは恐いもので、痺れているのが当たり前のような感じに陥っている。

大腸がんになって改めて家族の大切さを実感した。そして親としての責任感も…。きっと病気にならなければ、当たり前のように毎日を過ごしていたかもしれない。

大腸がんに感謝ではないけれど、そのおかげで家族の絆が深まった。子供達の些細な出来事でも、一緒に分かち合えるのが、ただただ嬉しい。再発に怯えながらだけれど、家族と一緒にいつまでも生きていきたい。

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