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母から腎臓を貰い腎移植を決意

 

この記事は「医師から人工透析の告知。母は泣き崩れました」の続きです。

………..

人工透析の告知を受けてからの食事療法は大変なものでした。内容は塩分1日5g未満、たんぱく質摂取量1日40g、かつカロリーを2000キロ摂取。あと、コレステロールが高かったので肉は一切禁止でした。母親は腎臓病の食事の本を買い、毎日、それに見合った料理を作ってくれました。

しかし、それでも徐々にクレアチニンの数値が上がり、18を超えたあたりで病院の先生から入院を告げられました。クレアチニンは腎臓の機能を見る上での指標になっており、男性の場合には0.8mg/dlから1.2mg/dlまでが正常値です。私はその数値が18もあったわけですから、明らかに異常値です。

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人工透析のためのシャント手術

入院して人工透析を行なうために、左手にシャント手術(静脈と動脈を繋ぐ手術)を受けました。人生で初めての手術でした。全身麻酔ではなく、左手の一部を局所麻酔だけで行う手術でしたが、時折、痛みを感じることもありました。

そして、数日後に初めて透析を行いました。手術をした左手のシャントに針を2か所刺し、体全体の血を抜いていき、機械、いわゆる人工腎臓を通してまた自分の体に血を戻すという治療です。時間は4時間ずっと寝たきりでした。これを週に3回、生きている限り一生行わなければならないのです。私はその時、もう人生が終わりだなと思いました。

腎移植を決意

退院の日の朝に先生から「透析を少し続けたあと、腎移植をする方がいい」と勧められました。母親と話し合った結果、私は腎移植をすることを決意しました。透析を行ってから、約1年8か月後のことです。

私はいろいろな病院を調べた結果、ある大学病院で移植をすることを決めました。母親と病院に行くと、そこから私と母親に対していろいろな検査が行われました。

母親の腎臓が問題ないのか?
私と母親の腎臓は適合するのか?
母親の腎臓が一つになっても、大丈夫なのか?

数か月の時が過ぎ、検査の結果、移植をしても問題ないという結果でした。その結果から数日後に私と母親は入院しまして、手術について先生から説明がありました。

その内容は
〇腎臓を移植する場所についての説明
〇移植後は免疫抑制剤を腎臓が働き続けている限り、一生飲まなければいけないこと
でした。

「薬を一生飲むこと」と「人工透析を週に3回」を比べると薬を一生飲むことの方が1000倍いいと思っていました。

そして、手術が行われました。当然ですが、全身麻酔です。当日は朝10時ぐらいから行い、終わったのが16時ごろだったと記憶しております。看護師の人から「無事に終わりましたよー」と起こされました。私は起きた瞬間とても移植をした場所が痛かったことを覚えています。それから日に日に回復していき、病院内を歩けるぐらいまでになりました。

移植後のクレアチニンの数値も1.4まで下がりました。透析をする前は18を超えていたので、考えられない数値です。そして、ふと、鏡を見た瞬間です。私の顔、丸くパンパンに膨らんでおり、髭がとても濃くなっていました。先生に聞くと、免疫抑制剤の副作用とのことでした。移植当初は大量に免疫抑制剤を使っていたのです。

移植後は特に拒絶反応が起こることもなく、無事に退院しました。それからは毎月1回の通院で血液検査、尿検査をし、経過を見ています。移植してから1年後、5年後、10年後と徐々に免疫抑制剤も少なくなりました。

私は24歳の時に移植をして、現在、39歳になりました。移植をして、15年経過したのです。おかげさまで、クレアチニンの数値も今では1.2~1.4で順調です。これからも母親からいただいた、腎臓を大事にし、透析をせずに生きていきたいです。

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