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欧州連合(EU)が食品添加物としての二酸化チタン(E171)の使用を禁止した背景には、消費者の健康リスクに対する懸念が高まったことと、それを裏付ける科学的知見の蓄積があります。本稿では、EUがこの物質の使用を禁止するに至った経緯、科学的根拠、関連機関の見解、代替案の動向、産業界や消費者への影響などを含め、詳しく解説します。
1. 二酸化チタン(E171)とは?
二酸化チタン(TiO₂)は、白色の顔料や着色料として広く使われてきた無機化合物で、食品添加物としては「E171」として知られています。食品においては、キャンディー、チューインガム、ベーカリー製品、アイスクリームなど、白さや光沢を加えるために使用されてきました。また、医薬品や化粧品、日焼け止め、塗料などにも広く利用されています。
E171は従来、比較的安全な添加物と考えられており、多くの国々で長年にわたり使用が認可されてきました。しかし、近年、ナノ粒子の存在とそれが人体に及ぼす潜在的な影響が問題視されるようになり、状況は変化しました。
2. 欧州食品安全機関(EFSA)による評価の変遷
2-1 初期の評価(2016年以前)
EFSAは2016年の時点で、E171が主に微粒子から構成されているものの、ナノサイズの粒子が混入していることを認めつつも、当時のデータでは安全性を否定する根拠はないと判断していました。しかし、この評価は「データ不足」に基づくもので、安全性が積極的に「証明された」わけではありませんでした。
2-2 2019年のフランス当局(ANSES)の対応
フランス国家食品環境労働衛生安全庁(ANSES)は2019年、食品中のE171について「安全性を保証できない」との立場を表明。これを受けて、フランス政府は2020年1月より国内での食品へのE171の使用を一時的に禁止しました。
この動きがEU全体の再評価のきっかけとなりました。
2-3 EFSAによる再評価(2021年)
決定的な転機となったのが、2021年5月に発表されたEFSAの最新評価です。EFSAは約500の文献を精査した上で、E171には以下のような懸念があると結論づけました。
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ナノ粒子が腸内に蓄積する可能性がある
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遺伝毒性(DNA損傷を引き起こす性質)の懸念が完全には否定できない
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長期的な摂取による影響を確実に無視することはできない
これにより、EFSAはE171について「安全とは見なせない(cannot be considered safe)」と明言しました。
3. 欧州委員会の禁止措置とその法的枠組み
EFSAの評価を受けて、欧州委員会は加盟国との協議を経て、2022年1月18日にE171をEU全域で食品添加物として使用することを禁止する法令を採択しました。この規制は2022年2月7日から施行され、6か月の猶予期間を経て、2022年8月7日より完全施行されました。
この措置は、EUにおける「予防原則(precautionary principle)」に基づいています。すなわち、「科学的に完全な証明がなくとも、深刻な健康被害の可能性がある場合には、予防的に規制措置を講じる」原則です。
4. 科学的懸念の詳細
EFSAが指摘した主な懸念点を、より具体的に見てみましょう。
4-1 ナノ粒子の存在と吸収性
E171に含まれる粒子の一部は、ナノサイズ(おおよそ100nm未満)であり、これが腸壁を通過し、体内に吸収される可能性が指摘されています。これらのナノ粒子は、通常の粒子よりも細胞への浸透性が高く、炎症や免疫系への影響を引き起こす可能性があるとされます。
4-2 遺伝毒性の懸念
ナノ粒子は細胞核内に侵入し、DNA損傷を引き起こす可能性があり、これが発がん性と関連するのではないかという指摘があります。2020年代に入り、in vitro試験(培養細胞での試験)やin vivo試験(動物実験)において、E171のナノ粒子が染色体異常やDNA損傷を誘発した可能性があるとする研究結果が報告されました。
4-3 腸内フローラへの影響
近年の研究では、E171が腸内細菌叢(マイクロバイオーム)に影響を与え、炎症性疾患や免疫反応に関与する可能性があることも示唆されています。これもまた、食品添加物としての長期使用に懸念が集まった要因です。
5. 各国・各地域の対応状況
欧州に続き、他国でも同様の動きが出ています。
フランス
上述の通り、EU全体の決定に先んじて、2020年からE171の国内使用を禁止。
スイス、ノルウェー
EUの決定に準拠し、同様に使用を停止。
カナダ、オーストラリア
現時点では全面的な禁止には至っていませんが、再評価や規制強化の検討が進められています。
日本
2025年現在、日本ではE171の使用は依然として認可されていますが、欧州の動きを受けて食品安全委員会による再評価が進行中とされています。なお、大手食品メーカーの中には自主的に使用を控える動きも出ています。
6. 産業界と消費者への影響
食品業界の対応
EUでの禁止により、多くの食品メーカーは代替物質の導入を進めています。たとえば以下のような代替案が検討・導入されています。
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炭酸カルシウム(E170)
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二酸化ケイ素(E551)
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植物由来の天然白色顔料(例:米粉)
ただし、二酸化チタンのような高い白色度を持つ代替品は少なく、品質やコストの両面で課題が残っています。
消費者の反応
欧州では、食品添加物に対する消費者の関心が非常に高く、「クリーンラベル(添加物が少ない食品)」志向が強まっています。E171の禁止は、多くの消費者から歓迎される一方で、「科学的根拠が不十分」とする声も一部にあります。
7. 結論と今後の展望
EUによる二酸化チタン(E171)の禁止は、最新の科学的知見と予防原則に基づいた措置であり、消費者の健康保護を最優先に考えた政策転換といえます。これにより、他国にも影響を与え、食品添加物の安全性に対する国際的な基準見直しの契機ともなりました。
今後は以下の点が焦点となるでしょう。
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ナノ物質全般に対する包括的規制の整備
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他の添加物に対する再評価の加速
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産業界における代替技術の開発
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消費者教育と透明性の確保
欧州におけるE171禁止は、単なる添加物の規制以上の意味を持ちます。それは「科学的不確実性」にどう対処するかという現代社会の課題を浮き彫りにした、象徴的な事例でもあるのです。
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