はじめに
がんは、日本人の死因の第1位を占め続けており、国民の2人に1人が生涯のうちにがんと診断され、3人に1人ががんで命を落とすとされています。しかし、近年の医療技術の進歩により、がんを早期に発見することができれば、治療の選択肢が広がり、完治の可能性も高まっています。特に、スクリーニング(検診)技術の発展は、がん医療において革命的な進歩をもたらしています。
本稿では、がんのスクリーニングに用いられる最新技術について、その仕組みや利点、課題、そして今後の展望まで詳しく解説します。
1. がんのスクリーニングとは何か
がんのスクリーニングとは、症状が現れる前の段階でがんの可能性を調べる検査のことです。目的は、無症状の人の中から、がんのリスクが高い人を見つけ出し、早期に治療を開始することです。従来のスクリーニングには、乳がんのマンモグラフィー、大腸がんの便潜血検査、肺がんの胸部X線検査などがあります。
しかし、これらの検査は対象となる臓器が限定されており、精度や検出可能ながんの種類に限界があります。そこで、全身のがんをより早く・正確に検出する新しいスクリーニング技術の開発が急速に進んでいます。
2. 最新のがんスクリーニング技術
2-1. リキッドバイオプシー(血液検査によるがん診断)
リキッドバイオプシーとは、血液中に流れるがん細胞由来のDNA(ctDNA: circulating tumor DNA)やエクソソーム、タンパク質などを解析することで、がんを検出する技術です。従来の組織検査とは異なり、身体に負担をかけずに、複数のがんを一度に調べることができます。
特に注目されているのが、「マルチキャンサー早期検出(MCED: Multi-Cancer Early Detection)」という考え方です。米国の企業Grail社が開発した「Galleri(ギャラリ)」は、血液1回の採取で50種類以上のがんを検出可能とされており、臓器推定まで行える点が画期的です。
利点
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低侵襲で患者への負担が少ない
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全身のがんに対応可能
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進行度にかかわらず検出が可能な場合がある
課題
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コストが高い(1回数万円〜数十万円)
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偽陽性・偽陰性の可能性がある
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保険適用の可否や倫理的問題
2-2. AI画像解析と診断支援技術
人工知能(AI)を活用した画像診断支援システムも、がんスクリーニングの精度と効率を高めています。CT、MRI、マンモグラフィーなどの医用画像をAIが解析することで、医師の見落としを防ぎ、診断の正確性を向上させることができます。
たとえば、乳がん検診ではAIが微細な石灰化を自動検出したり、肺がんではAIが1cm未満の腫瘍を人間の目より早く見つけることが可能になっています。
利点
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検査時間の短縮
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医師の負担軽減と診断の標準化
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検出精度の向上
課題
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学習データの偏りによる診断誤差
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最終判断は医師が行う必要がある
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責任の所在や医療訴訟リスク
2-3. 呼気分析(ブレステスト)
呼気中の揮発性有機化合物(VOC)を分析することでがんを検出する技術も研究されています。がん細胞は正常細胞と異なる代謝産物を放出するため、これを特定のセンサーや質量分析装置で検出するという仕組みです。
現在、肺がん、大腸がん、胃がん、膵臓がんなどの検出に向けた実証試験が進められており、将来的には「息を吹くだけ」でがん検査ができる時代が来るかもしれません。
利点
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非侵襲的で簡便な検査方法
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検査時間が短い
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高頻度のスクリーニングにも適応可能
課題
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精度や再現性の確保
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測定環境の影響を受けやすい
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標準化された検査手順の整備が必要
2-4. 唾液・尿を用いたバイオマーカー検出
近年、唾液や尿などの体液を用いたがんスクリーニングも注目されています。これらにはがんに関連するマイクロRNA、タンパク質、代謝産物などが含まれており、非侵襲的にがんの兆候を検出できます。
例えば、日本の名古屋大学が開発した「サリバチェック」は、唾液中のがん関連マーカーを測定して、胃がん、大腸がん、肺がん、乳がん、膵臓がんのリスクを評価することができます。
3. がん種別の最新スクリーニング動向
がん種 | 最新技術 | 特徴 |
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肺がん | 低線量CT+AI解析 | 1cm未満の腫瘍も検出可能 |
大腸がん | DNA便検査、血液マーカー | 精度向上と負担軽減 |
乳がん | マンモグラフィー+AI | 微細な石灰化を検出 |
膵臓がん | 血液・唾液マーカー | 超早期発見に向けた研究が進行中 |
前立腺がん | MRI・PSA多項目解析 | 過剰診断の回避にも貢献 |
4. 日本における導入と課題
日本でも、厚生労働省やAMED(日本医療研究開発機構)が主導する形で、先進的ながんスクリーニング技術の実用化が進められています。しかし、国民全体への普及には以下の課題があります。
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保険制度との整合性
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医療従事者の教育とガイドライン整備
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国民の理解と受容性の向上
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地域間格差の是正
これらを解決しながら、より多くの人が精度の高いがん検診を受けられる体制づくりが求められています。
5. 今後の展望とまとめ
がんのスクリーニング技術は、今後さらに進化し、精度・利便性・コストの面で改善が期待されています。特に以下のような動きが注目されています。
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マルチモーダルスクリーニング(血液+画像などの統合解析)
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個別化医療との連携(遺伝子情報に基づくスクリーニング)
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ウェアラブルデバイスとの連動(長期的な体調モニタリング)
今や「がんは死の病」ではなく、「早期に見つけて治す時代」へと変わりつつあります。こうした技術が一日も早く実用化され、がんによる死亡率が大幅に下がる未来が、現実のものとなることを期待したいところです。
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