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腎不全の兆候が中学でも高校でも出ていました

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この記事は「腎不全になり人工透析と腎移植を受けるまでの経緯を全て話します」の続きです。

…………..

中学校3年生の時の尿検査を行った時のことです。
尿検査を行うときは必ず、朝起きた一番の尿をとらなければなりません。
私は中学校1年時からずっと尿検査に引っかかっていたので、当然のことですが、とても不安な気分と憂鬱な気分でした。
尿を入れた容器を学校の先生に渡しました。
そして、数日後の尿検査の結果の報告ですが、やっぱりとは思っていましたが、担当の先生から呼び出しをされました。
その結果は当然ながら、再検査でした。
さらに数日後にまた、再検査を行った結果、やっぱり、たんぱく尿が出ているという結果でした。
前回のこともあり、母親もまた心配をしていました。
私も当然、心配ではありましたが、これまでもそうですが、特に体になんらかの異常はなく、元気で毎日、休むことなく、学校にも通っていましたし、授業を終えた後はいつものようにクラブ活動も行っていました。
なぜいつもたんぱく尿が出るのかと、とても疑問に思っていました。
母親が念のため、もう一度、同じ病院で自費で診察してもらおうと言いました。

病院での診察と結果

試合前でクラブ活動が忙しかったため、数か月後に病院で診察をしてもらいました。
結果は同じく、たんぱく尿が出ておりました。
先生は母親に私の普段の食生活や睡眠時間など幅広い項目を聞いていました。
私にも直接、話かけてきて、普段の生活について、聞かれました。
普段は毎日クラブ活動をしていると告げ、先生からは「何のクラブですか?」と聞かれたので、私は「バドミントンです。」と答えました。
そして、先生からは「もしかしたら、激しいスポーツをしているので、翌日、たんぱく尿が出るのでしょう、これからは尿検査の前日はなるべく、運動をせずに安静にしといてください」とアドバイスをいただきました。
先生から母親へも「食事もなるべく、塩分を控えめなものにしてください」とアドバイスをしていました。
そして、2週間後にもう一度、再診に来てくださいと言われ、その時は終わりました。
特に深刻なことは言われなかったので、「激しいスポーツをしているから、たんぱく尿が出るのだな」程度の認識でした。
もちろん、腎不全なんて言葉は医師の口からは全く出てきていません。

2週間後の再診察

そして、2週間後に再検査のため、再び病院に行きました。
再検査の前日は先生が言われた通り、激しい運動をするとたんぱく尿が出る可能性があるため部活はお休みをいただきました。
前回の診察からこの日までの2週間の間、母親も食事の塩分を控えめにしてくれていました。
病院での尿検査の結果はたんぱく尿も血尿も出ておらず、問題なかったのです。
その結果を聞いた私と母親はとても喜びました。
そして、中学校では何事もなく卒業して、バドミントンの名門高校に入学しました。
私は中学校の時に全国大会に出ており、その名門高校のバドミントンの顧問先生から推薦の話をいただいたのです。
当然ながら、練習は中学校の時の練習に比べると断然、レベルが違いすぎました。

高校での尿検査でも

高校でも中学校の時と同様に、毎年、必ず尿検査があります。
中学校の時に、病院の先生からお話をいただいていた「尿検査の前の日はなるべく、安静にしてください」と言われていたました。
しかし、私は、尿検査があるからと言って、先生に部活を休みますというようなことは決してできませんでした。
そして、高校1年生での始めての、尿検査を行いました。
数日後、たんぱく尿があり、再検査という内容でした。
しかし、私は結果を聞いても特に驚くこともなく、心の中で「あぁ、やっぱりそうだろうなぁ」と思っていました。

続きは「高校の尿検査で蛋白が3+。腎不全の可能性が濃くなる」

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