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乳がんの放射線療法とホルモン療法を終えて高齢での妊娠、出産

 

 この記事は「乳がんのホルモン療法がスタート。子供を授かるため期間を3年に短縮」の続きです。

 結婚してすぐの乳がん発覚で今後子供を授かれたらいいなという希望があった為、ホルモン療法の標準治療は5年と言われる中、3年の期間で治療をしました。

 治療が終わってから大体1ヶ月ぐらいで、ホルモン療法中はずっと副作用で辛かった更年期障害の症状(ホットフラッシュやほてり、のぼせ、手の指や膝のこわばり、むくみ)と、目の乾燥と霞みが少しずつ少なくなって行きました。段々と症状が軽減され、体から治療薬が抜けていく実感がありました。

 治療終了から3ヶ月ぐらいで3年間止めていた生理が自然に戻り、さらにホルモン療法中ずっと増え続けた体重ですが特に生活を変えた事はなかったのですが、自然に4kg程減りました。

 ホルモン療法終了して約1年間は経過観察として3ヶ月に1回、乳腺クリニックの主治医のところに行きました。経過観察の内容は、2回に1回はレントゲン撮影、半年に1回はマンモグラフィー撮影、血液検査と目視、触診、超音波診断(エコー)は毎回でした。

 診察の始めに 主治医:「何か気になることはありますか?」と聞いてくれるので、その時に気になる事を言いました。私は「特にありません。」or「治療側の胸が乾燥して痒みがあるので、塗り薬をお願いしたいです。」と言うことが多かったです。痒み止めには私はフルコートの塗り薬を処方して頂き、痒みがあった時に塗っていました。

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生理が戻って約1年が経ち…

 乳がん治療前から経過が良好で治療が終えられたら、妊娠出産をしたい意思がありました。

 私の乳腺クリニックの主治医に「治療が終わってから生理が戻って出産している人もいるしね。」と言われた事はあったのですが不安があり、インターネットで自分と同じ境遇の方の情報を探した時もありました。しかし、同じ乳がんでも人それぞれ病状や治療も違うので、私が知りたかった一部温存手術→放射線療法→ホルモン療法の治療後に妊娠し、出産した方の情報はその時は探すことが出来なかったです。

 私が見つけた情報は将来は子供を希望する現在乳がん治療中の方の情報だったり、子育て中に乳がんが見つかった方でした。もし、この時期に私と同じ境遇の方で子供を授かって出産したという情報があったら、もっと心強かったと感じています。

 私は晩婚で30歳で結婚し、そのうち子供が授かれたらいいなと漠然とした理想像は持っていたのですが、まさか乳がん治療で子供を考えられない期間が来るとは思っていなかったので、悲しく、不安というのが率直な気持ちでした。

 医療が進歩して、病気の発見も早期になり、治療の選択肢が増えたりと有難いですが、20代・30代で治療になると妊娠出産できる時期(年齢)にリミットがある事なので焦りがあるのは当たり前です。私の場合、主治医としっかりと治療方針を決めて治療が出来たので不安も少しは軽減されました。

治療後に妊娠をして…

 ちょうど生理が戻って1年経ち、そろそろ本格的に子供も考えたいなぁと思っていた頃、自然妊娠をしました。妊娠2ヶ月ぐらいでレディースクリニックに行き、妊娠が確定しました。レディースクリニックには乳がんで治療したことがあると伝えると、レディースクリニックの主治医に「妊娠してホルモンが増加するので、通院している乳腺クリニックにも行ってください。」と言われたのですぐに乳腺クリニックにも行きました。

 乳腺クリニックの主治医に「(妊娠)良かったね。でも、あなたの場合は乳がんの経過で今後の妊娠継続出来るかどうか様子を見るので、2ヶ月に1回妊娠期間中は乳腺クリニックに通院をして貰いたいです。」と言われました。

 妊娠期間中は無事に妊娠継続が出来ますようにと祈る気持ちで過ごしました。幸い、経過が良好で良かったですが、乳がん治療で体重が治療前より8kg増加していたので、出産まで赤ちゃんの体重を入れて8kgまでの増加にしたいとレディースクリニックの主治医に釘を刺されました。

 またレディースクリニックの主治医から妊娠した年齢が35歳、出産は36歳ですので高齢出産のリスクがあること、さらに母親の(私)身長が150cm以下なので、もしかしたら帝王切開の可能性もあること、妊娠高血圧症候群になりやすく緊急帝王切開の可能性もあるので産院は緊急に備えれる総合病院を薦められました。

 出産前に妊娠高血圧症候群になり予定日より2週間近く予定が早かったのですが、急きょ入院し陣痛促進剤を使用しました。しかし、赤ちゃんが下がってこなく、結局は緊急帝王切開手術になりました。

緊急帝王切開での出産

 乳がんの治療で右側のリンパ節を一部切除している為、基本的には術側は菌が入ったりするとむくみやすいので、血液検査の注射や点滴は反対側の左のみ使用していました。しかし、緊急帝王切開になった時は血管も見えにくく、左の腕と手のひらでは足りず、結局は右も使い、両手を使っての点滴と注射になりました。

 そして、帝王切開により無事、子どもが生まれました。

出産後に…困ったなぁとびっくりした2つの事

 右乳房の乳がんの一部温存手術の際にリンパ節を切っているので、術後は右側では重い物を持ったり、負担をかけないように病院からも言われていました。右側で重い物は約5年は持っていなかったのが、産後、赤ちゃんを自分の腕に抱っこしなくてはいけなくなった時に、約3000gの赤ちゃんが重くて長時間抱っこができませんでした。

 これからお世話をするのに、どうしよう…と大変不安になりました。助産師さんにも「こうやって抱っこするといいよ。」とアドバイスを頂いたのですが、やはり片側の筋力は落ちていて不安だったので、力のある左に頭を置いて、右は添える程度でした。3日ぐらいで慣れてきて不安は減りましたし、日々の抱っこで重さに慣れて行きました。

 もうひとつの困った事は授乳です。一部温存手術でおっぱいは残っていますが、右側は乳腺クリニックの主治医にも「手術で右側は乳管を切っているので、母乳は右は出ないと思います。」と言われていました。

 言われたとおり、乳腺は右も少し張っているのですが、母乳は全く出ませんでした。他に気になることがあったので、乳腺クリニックの主治医に「乳がん治療後ですが、赤ちゃんに母乳をあげても赤ちゃんに問題ありませんか?」と確認をすると「問題ありません。授乳をする事であなたの病気のリスクが下がる事もありますよ。」と言わました。

 私がお世話になった産院では「母乳推奨の医院」でしたので、入院中1日に3回、助産師さんがフォローしてくれて授乳をしました。ただし、ひとつのおっぱいのみでの授乳でしたので、母乳の量が足りなくなり、母乳と粉ミルクの混合で対応をしました。

 上手に授乳できるお母さんと赤ちゃんは20分ぐらいで終わっているのですが、私は片側のみで30~40分飲ませます。これでも赤ちゃんの授乳前の体重と授乳後の体重を比べてあまり増えていない時があり、お腹がいっぱいにならないと泣いてしまいます。こういう時は最後に粉ミルクを飲ませてトータルいつも1時間かかりました。片側のおっぱいだけでの授乳で、申し訳ない気持ちになり、辛い気持ちになった時があります。

退院してからの事

 退院後は私も赤ちゃんも授乳に慣れてきていたのですが、産後3週間ぐらいから母乳後の粉ミルクを赤ちゃんが飲まず、機嫌が悪く泣くようになり、粉ミルクをやめてみました。

 1ヶ月健診の時に最近粉ミルクを飲んでいない事を伝えると小児科の先生に「赤ちゃんの体重は順調に増えているので、混合ではなく、完母(完全母乳)でいいよ。」と言われてびっくりしました。片側のおっぱいから赤ちゃんが飲みたい分の量が出る体になっていたのです。

 母乳育児で私の体重は、産後1年ぐらいで約20kg落ちました。1才半ぐらいから離乳食の量が増えて母乳の飲む量が減ると、順調に減った体重が増え始めてきて10kgすぐに戻ってしまいました。片側のおっぱいだけでも完全母乳できた事は予想していなかったので、正直びっくりしました。

 産後から3年経った現在も、乳腺クリニックには半年に1回、年に2回のペースで通院をしており、血液検査、目視、触診、エコー(超音波診断)、レントゲン、マンモグラフィー撮影を行っており手術から丸8年を「再発なし」で迎える事が出来ました。

 乳がんは5年、10年と長い期間様子を見る必要がある病気で再発する時期も5年以内、20年経ってからと色々あるようです。病気と上手にお付き合いして子供と一緒に人生を過ごせたらいいなぁと思っています。

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