がんは日本人の死因の第1位を占める深刻な疾患であり、多くの人が不安を抱えている。そんな中、「がんは食生活で予防できる」といった情報がテレビやインターネットで盛んに取り上げられるようになった。
「○○を食べればがんにならない」「△△を毎日摂ればがん予防になる」といったキャッチーなフレーズが多く見られるが、果たしてそれは本当なのだろうか? 科学的根拠に基づき、「食とがん予防」の実態を見ていこう。
がんの発症要因と予防の可能性
がんの発症にはさまざまな要因が絡み合っている。遺伝的要素、環境的要素、ウイルス感染、加齢などが複雑に関与するが、世界保健機関(WHO)や国際がん研究機関(IARC)は、生活習慣、特に「食事・運動・体重管理」ががんリスクに大きな影響を与えることを強調している。
がんのリスクを完全にゼロにすることはできないが、リスクを「減らす」ことは可能である。そしてその中でも「食べ物」は、日常生活において最も手軽に介入可能な要素の一つだ。
科学的根拠がある食事の原則
1. 植物性食品を中心とした食事
果物、野菜、全粒穀物、豆類などの植物性食品には、抗酸化作用や抗炎症作用をもつ成分が多く含まれており、がんリスク低下に関与しているとされる。特に以下の成分には注目が集まっている:
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フィトケミカル(植物化学物質):ブロッコリーのスルフォラファン、トマトのリコピン、にんにくのアリシンなどは、がん細胞の成長を抑制する可能性がある。
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食物繊維:腸内環境を整えることで、大腸がんのリスクを減らす効果があるとされる。
アメリカがん協会(ACS)や世界がん研究基金(WCRF)は、1日に最低でも400グラム以上の野菜と果物を摂取することを推奨している。
2. 赤身肉・加工肉の摂取制限
IARCは、加工肉(ハム、ソーセージ、ベーコンなど)を「ヒトに対して発がん性がある(グループ1)」、赤身肉(牛肉、豚肉、羊肉など)を「おそらく発がん性がある(グループ2A)」と分類している。特に大腸がんとの関連が強く、週に500g以上の赤身肉の摂取はリスク上昇につながるという。
3. 飲酒の制限
アルコールは多くのがん(口腔、喉、食道、肝臓、乳房、大腸など)と関連している。エタノール自体が発がん物質であり、摂取量が多いほどリスクが高まる。WHOは「少量であってもがんリスクを増やす」としており、がん予防という観点では「飲まない」ことが最も効果的である。
4. 過体重と肥満の防止
肥満は乳がん、子宮体がん、肝臓がん、大腸がんなどと関連があり、高カロリーな食事や砂糖の過剰摂取は避けるべきである。特に加工食品、スナック菓子、糖質の多い清涼飲料水などは、体重増加の一因となりやすい。
がん予防をうたう食品やサプリの真実
がん予防を標榜するサプリメントや食品は数多く販売されているが、その効果には慎重な見極めが必要である。ビタミンE、β-カロテン、セレンなどの抗酸化物質を高濃度で摂取しても、むしろがんのリスクを上げることがあるとする研究もある。
たとえば、喫煙者におけるβ-カロテンのサプリメント摂取が肺がんリスクを上昇させたという研究(ATBC試験など)は広く知られている。自然な食品から摂取することと、サプリでの過剰摂取は全く異なる作用をもたらすことがあるのだ。
日本人に特有の食習慣とがんリスク
1. 塩分摂取と胃がん
日本人は塩分の摂取量が高く、これが胃がんリスクを高める要因とされている。高塩分の食事は胃粘膜を傷つけ、ヘリコバクター・ピロリ菌の感染との相乗効果でがん化が促進される。
漬物、味噌汁、干物、塩辛などの伝統的な食品の摂取には注意が必要であり、塩分摂取量は1日6g未満に抑えることが推奨されている。
2. 喫煙と飲酒の併用
飲酒と喫煙は、それぞれでもがんリスクを高めるが、併用すると相乗効果でリスクは数倍にもなる。特に食道がん、口腔がん、喉頭がんとの関連が強く、日本人男性に多く見られる生活習慣の一つである。
がんになりにくい食習慣とは?
がん予防のための食習慣は、決して特別なものではない。以下のようなシンプルな行動の積み重ねが、長期的ながんリスクの低減につながる。
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多くの野菜・果物を日常的に摂取する
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加工食品や赤身肉の摂取を控える
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アルコールは極力避ける
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高カロリー食品や糖分を控え、適正体重を保つ
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よく噛んでゆっくり食べる
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清潔な調理法(焦げすぎを避ける、保存に注意する)
最後に:食べ物は「魔法の盾」ではない
「この食品を食べればがんにならない」といった言説は、魅力的に聞こえるが、科学的には非常に危うい。食生活はがん予防の一助にはなるが、あくまで「リスクを下げる」ものであり、万能ではない。また、食事だけに頼り、喫煙や運動不足など他のリスク要因を放置すれば、本末転倒だ。
私たちができることは、日々の小さな選択を積み重ねること。科学が示す確かなエビデンスをもとに、バランスの取れた食生活を送り、全体的な生活習慣を見直すことで、がんという病に立ち向かう土台を作ることができる。
参考文献:
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World Cancer Research Fund/American Institute for Cancer Research. Diet, Nutrition, Physical Activity and Cancer: a Global Perspective.
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International Agency for Research on Cancer (IARC) Monographs
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厚生労働省「健康日本21」
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国立がん研究センター「がん予防と食事に関するQ&A」
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