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腎不全になり人工透析と腎移植を受けるまでの経緯を全て話します

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この記事は30代の男性に書いていただきました。

…………………
私は現在、39歳です。
31歳の時に運よく(笑)結婚することができ、とても自慢のできる奥さんもいます。
子供を授かるまでは結構大変でしたが不妊治療のおかげで子供(3才の男の子)ができ、一児の父親になりました。
本当に人生は波乱万丈で、これまでもいろいろなことがありました。
もちろん、楽しかったこともありますが、辛かったことのほうが、多くあるように思えます。
でも、今が幸せなので、なんともないですが。

中学1年生の頃から兆候があった腎臓の機能不全

私は21歳の時に腎臓を患い、その後、食事制限をしていましたが、最終的には22歳の時に腎臓が全く機能することがなくなった為、透析治療を開始しました。
しかし、腎臓が完全にダメにまでの間に尿検査である程度の数値は出ておりました。
その始めが、中学校の一年生の時です。
尿検査は中学校の時からではなく、小学校の時から行っていましたが、その時は特に問題はありませんでした。
中学校一年生の時の尿検査では、尿にたんぱくがあるといわれました。
腎臓が正常の機能を示していればほとんどたんぱく質は尿には混じりません。
たんぱく質は再び再吸収され、再利用される仕組みが人体には備わっているため、たんぱくが漏れ出てしまうということは腎臓の機能が弱っていることが考えられるのです。

尿検査に異常が出た原因ははっきりとはしてないですが、恐らくクラブ活動でバドミントン部に入部し、スポーツを始めたのがきっかけだったと今では思います。
バドミントンは意外にも無酸素運動で、非常に激しいスポーツです。
激しいスポーツをするとまれに尿にたんぱくや血尿が一時的に出るといわれていますが、そのようなことは知ることもなく気にもしていませんでした。

尿検査の結果を受けて私は担任の先生に呼び出しをされ、再検査の用紙をいただきました。
再検査の理由が書いてある用紙を見てもまったく理解ができず、また数日後に再度、尿検査をしました。
その時の尿検査では正常値を示していました。

中学2年生の頃から兆候があった腎臓の機能不全

そして中学校2年生の時の尿検査のことです。
いつものように学校から尿検査の容器をいただきました。
次の日の朝、普段と変わらず、尿検査用のコップに尿を足すとそれは誰にでも分かる、真っ赤な尿だったのです。
その時は僕も母親も特に気にすることなく、それを学校へ提出致しました。
尿が赤いのならば気にしろよっていう突っ込みはなしでお願いします(笑)
それから、数日後に尿検査に引っかかった人が呼び出されましたが、私もその中に入っていました。
そして結果の用紙をいただきましたが、結果は「再検査」でした。
それでも「いつものことだから」と特に気にすることもなく、母にその内容を告げ、また、いつものように再検査を行いました。
すると、前は何名かのクラスの人間が呼び出されたのに、今回は私だけ呼び出されたのです。
その結果は再度、検査とともに、病院で検査をするようにと、告げる内容でした。
その時も私はあまり意識することもなかったですが、母親は少し戸惑っていました。
そして近くの病院へ行き、再度、尿検査を行いました。
結果は血尿とたんぱく尿があるとのことでした。
私は担当の先生の言っていることがまったく理解できませんでした。
しかも、担当の先生からも
「今は特に気にすることはないです。また、何かあれば再診に来てくださいね。」
と一言で終わりました。
母親もその言葉を聞いてか、安心したようでした。
私も特に気にすることもなかったので、いつものようにクラブ活動を中心に日々を過ごしていました。
そして、中学3年生の時にまた尿検査を行いました。

続きは「腎不全の兆候が中学でも高校でも出ていました」

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